1988年「賀川豊彦生誕100年記念」に制作された、賀川豊彦の生涯を描いた長編映画『死線を越えて―賀川豊彦物語』(2時間10分)は、しばらく品切れになっていました。
しかし、このほどDVD第二版ができ、賀川豊彦記念松沢資料館から特別価格2700円(税込、送料別)で販売されましたので、ご案内いたします。
TEL.050-3473-5325
〒105-0014 東京都港区芝2-20-12 友愛会館8階
友愛労働歴史館が情報提供のためインターネット上で発信しているメールレポート「友愛労働歴史館たより」第125号を、2017.10.31に発信しました。内容は以下の通りです(詳細は略)。メール配信を希望される方は、友愛労働歴史館までEメールで申し込んでください。
メールレポート「友愛労働歴史館たより」第125号(2017.10.31)
1.西村章三氏を講師に第16回政治・社会運動史研究会を開催、10月26日!
2.日本労働会館2017年度第2回理事会を開く、10月31日
3.賀川豊彦記念松沢資料館が映画「死線を越えて―賀川豊彦物語」DVDを販売中!
4.UAゼンセン茨木県支部定期総会の講演で友愛労働歴史館を紹介、10月14日!
5.NPO法人・働く文化ネットの労働映画鑑賞会が開かれました、10月12日!
6.賀川豊彦シンポジウムが11月11日に明治学院大学で開催されます!
以上
2017年は日本社会党を中心とする片山連立内閣(1947~1948年)が誕生してから70年。その片山内閣で官房長官を務めた西尾末廣(1891~1981)は、日本社会党や民社党を主導した政治家として知られていますが、元々は友愛会・総同盟の労働運動家です。
その西尾末廣は、キリスト教伝道者・社会運動家として知られる賀川豊彦(1880~1960)を、「日本労働運動の母」と呼んでいました。西尾末廣が1962(昭和37)年12月の「賀川全集 月報4」に添付した賀川豊彦追悼文を紹介いたします。
「政治家以上の人」
わが国の労働運動や社会運動は、とくにその初期において、キリスト教の影響をうけることが多かったし、クリスチャソ出身の優れた指導者が輩出して、大きな功績を残している。その中でも、私にとって忘れることのできない人は、安部磯雄氏と賀川豊彦氏である。
両先輩ともに、今の言葉で言えば民主社会主義者であり、議会主義者であった。そして何よりも、徹底した信念の人であった。
賀川さんは、大正七年から十一、二年ごろまでの数年間、関西における労働運動の中心的指導者だった。賀川さんが労働運動に入った動機は深くは知らない。それは多分、神戸の貧民街でのイエス団の運動から生れた必然の発展だったのであろう。また第一次世界大戦のさなか、二年九カ月にわたって米国に遊学し、キリスト教の伝道に従事するかたわら、先進国の労働運動を実地に見聞して帰国した直後のことであることも見逃すわけにはいくまい。
そのころ、私もまた関西にあって、当時の友愛会、のちの日本労働総同盟の大阪連合会の責任者になっていた。自然、賀川さんと私とは労働組合運動の同志として、また同じ友愛会ないし総同盟の幹部として、常時顔を合わせるようになったが、その間、一貫して賀川さんが健異な労働組合主義者であり、民主主義、議会主義を通じて労働階級の地位を向上させ、革命なくしてそのいわゆる「人格的社会主義」を実現しょうとする、今でいえば民主社会主義の思想の持主だったことをなつかしく憶い出すのである。
賀川さんが労働運動に挺身していた時期は、第一次大戦後の激動期で、革命的なサンヂカリズムの思想が一世を風靡していた感があった。今日からみれば妙な話だが、当時の急進的な労働運動者は普選獲得運動にさえ反対した。有産、無産の区別なく選挙権を与えて、勤労者の声を議会に反映させようとする運動に対して、議会否認の立場から反対したのである。議会はブルジョアのものであって、これにプロレタリヤを参加させようとするのは、直接行動による政権奪寂、つまり革命への労働階級の情熱をマヒさせようとするものだというのが、その反対の理由であった。
このような議会否認、普選反対、直接行動謳歌の風潮に対して、賀川さんは敢然として立ち向い、これと闘かった。そして常に、じゅんじゅんとして議会主義を説き、漸進的な労働組合運動の必要を力説した。殊に、私の印象に残っているのは、大会や集会などで激越なアジ演説が会場の空気を支配すればするほど、賀川さんは一層冷静な調子で持論を説き、過激分子の反省を求めたことである。のちに、大正十三年の大会で総同盟は有名な方向転換宣言を行ない、その運動方針を現実主義の方向にあらため、普選獲得運動についても積極的にこれに協力することとなったが、これには賀川さんの努力が大いにあずかって力があったこというまでもあるまい。
その後、サンヂカリズムに代って、マルクス・レーニン主義が盛んになっても、賀川さんはその態度を変えなかった。実に、信念の人だったと思うのである。
賀川さんは、優れたキリスト教の信者であると同時に、その教義の実践者であったが、しかし、いわゆる政治家の部類に入る人ではなかった。既に述べたように、立派な政治的見識と実行力を持っていたが、同時に夢多き詩人であった。生前、賀川さんを政界に出そうとする動きはしばしばであったが、私はいつも反対したものである。賀川さん自身はどう考えていたか知らないが、私にとって賀川さんは政治家以上のものであったからである。(賀川全集 月報4 昭和37年12月第18巻添付)
友愛労働歴史館は2018年1月から企画展「戦後民主化のリーダー 片山哲」(2018.01.05~2018.06.30)を開催いたします。その準備作業・資料収集の一環として10月18日、神奈川県藤沢市にある片山哲氏の胸像の写真撮影を行ってきました。片山哲氏は藤沢市名誉市民として、胸像が藤沢市民会館に置かれています。
片山哲先生は政治家、クリスチャン、弁護士として知られています。大正15(1926)の社会民衆党(安部磯雄委員長)結党に参加し、書記長に就任したのが政治活動歴のスタート。戦後は日本社会党の結成に参加し、委員長に就任(書記長は西尾末廣)しています。日本社会党は1947(昭和22)の総選挙で第一党となり、社会党中心の片山連立内閣が誕生します。
2017年は片山哲氏の生誕130年、片山内閣誕生から70年。そして2018年は片山哲氏の没後40年、片山内閣崩壊から70年です。
『六合雑誌』は明治13(1880)年に東京青年会により創刊され、大正10(1921)年の第481号をもって終刊となったキリスト教系雑誌です。明治31(1898)年に『六合雑誌』は、ユニテリアン協会の機関誌『ゆにてりあん』(後の『宗教』)と合併し、ユニテリアン系の新『六合雑誌』となっています。
『六合雑誌』は単なるキリスト教関連雑誌に止まらず、「思想・評論誌として近代日本の思想や文化に大きな影響を与えた雑誌」とされています。特に社会思想・社会問題について進歩・革新の立場をとり、明治・大正期の社会運動、労働運動にも大きな影響を与えたことで知られています。
友愛労働歴史館はこの『六合雑誌』をデジタル化し、検索機能を付け、個人がパソコンで自由に読むことができるようにしました。デジタル版『六合雑誌』(SDカード版・10000円、送料別)は『六合雑誌』全巻(第1号~第481号)PDFデータ、『総目次』データ(Excel版)などを収録しています。
購入を希望される方は、友愛労働歴史館までEメールで申し込んでください。なお、原則、受注制作となります。ご了承をお願いいたします。
友愛労働歴史館 Eメール yuairodorekishikanあっとrodokaikan.org
〒105-0014 東京都港区芝2-20-12 友愛会館8階
この程、劇作家・故菊田一夫の詩「忘れるな大衆の願いを」が、友愛労働歴史館に寄贈されました。この詩は1962(昭和37)年4月23日に開かれた「学者・文化人による民社党をはげます会」の会場に、大扇子に揮毫され、展示されていたものです。
「はげます会」の後に失われていましたが、最近写真が発見され、臨書・額装されて、当歴史館に寄贈されたものです。
詩「忘れるな大衆の願いを」 菊田 一夫
民社党が退けば 民主主義が退く 民社党が進めば 民主主義の花が咲く
国民大衆は 民社党の勝利を神に願っている 物言う口も 物言わぬ目も・・・
物言う口も 物言わぬ目も ジッと民社党を見凝めている
忘れるな 大衆の願いを 祈りを・・・
友愛労働歴史館が情報提供のためインターネット上で発信しているメールレポート「友愛労働歴史館たより」の第123号(2017.09.07)を本日、メールアドレス登録者へ発信いたしました。主な内容は以下の通りです。なお、メールレポート「友愛労働歴史館たより」の受信を希望される方は、友愛労働歴史館までEメールで申し込んでください。
友愛労働歴史館 Eメール yuairodorekishikan@rodokaikan.org
「友愛労働歴史館たより」の第123号・2017.09.07
1.劇作家・故菊田一夫が民社党へ贈った詩が発見されました、9月4日!
2.100年前の1917(大正6)年9月9日、賀川豊彦が友愛会神戸連合会で講演!
3.東北学院大学公開シンポジウム「平和憲法と鈴木義男」が9月30日に開催へ!
4.連載「日本労働会館物語」第68回―労働運動家・賀川豊彦 その3―
今年は賀川豊彦が友愛会に参加してから100年、これを記念し友愛労働歴史館は企画展「賀川豊彦と友愛会・総同盟」(2017.7.6~12.22)を開催しています。
賀川が友愛会に参加する切っ掛けは、彼が友愛会神戸連合会に招かれて講演を行ったことです。この事情について故隅谷三喜男(東大教授)はその著『賀川豊彦』で、「1917年9月9日夜、友愛会神戸連合会の特別公演会が、キリスト教青年会館で聴衆800名を集めて開かれた。友愛会会長鈴木文治が「米鉄禁輸事情」について講演したほか、神戸連合会主務の高山豊三や大阪連合会主務の松岡駒吉などが話をしたが、その演説者のひとりに賀川豊彦がいた。かれは「鉄と筋肉」と題して演説した。・・・これを契機に、賀川は友愛会と関係を生じ、同年10月には神戸連合会の評議員に推された。」と記述しています。
労働運動家・賀川豊彦の誕生であり、彼はその後、5年間に亘り、神戸を拠点に関西労働運動を主導することになります。彼の労働運動理論は今日、「賀川イズム」として伝えられています。
友愛労働歴史館は今夏、通常通り開館します。夏季休館は特にありません。それ故、友愛労働歴史館の開館、見学時間は平日の10:00~17:00となります。なお、時間外、土日・祝日などに当歴史館の見学を希望される方は、要相談となります。友愛労働歴史館までEメールでご相談ください。
友愛労働歴史館は現在、企画展「賀川豊彦と友愛会・総同盟」(2017.7.6~12.22)を開催中です。2018年1月からはゆかりの片山哲(元首相、社会民衆党・日本社会党・民社党など)を取り上げた企画展「片山哲の生涯」(仮題)を予定しています。
友愛労働歴史館 Eメール yuairodorekishikan@rodokaikan.org