福澤諭吉や金子堅太郎らの招聘を受けた米国ユニテリアン協会(AUA)は1887(明治20)年12月、アーサー・メイ・ナップ牧師(1841~1921。写真)を日本に派遣してユニテリアン・ミッションの是非を調査。その結果、1889(明治22)年10月、ナップ牧師の他、クレイ・マッコーレイ牧師や神田佐一郎、慶大3教授(慶應義塾に大学部を設置するためハーバード大学から招聘)らが来日します。そして同年11月、東京市麹町区永田町にユニテリアン協会本部を設置しました。
1890(明治23)年1月、ユニテリアン・ミッションを支援するため英国ユニテリアンの宣教師ヘンリー・W・ホークスが来日し、2月にユニテリアン協会本部は東京市麻布区飯倉町に移転。3月には月刊誌『ゆにてりあん』(主筆:クレイ・マッコーレイ牧師、惟一社発行)を創刊し、鹿鳴館で発刊を祝う会を開催しています。
130年前の1890(明治23)年2月はユニテリアン・ミッションが本格的にスタートした時で、後にこのミッションの一つとして1898(明治31)年に社会主義研究会(明治34年に日本最初の社会主義政党・社会民主党へ発展)が、1912(大正元)年には友愛会(日本最初の中央労働団体、後の総同盟・同盟。現在の連合)が創立されています。
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