友愛会系労働組合の歴史資料館である友愛労働歴史館の常設展「日本労働運動の100年余―」(2012.8.1~)は、最初に福澤諭吉の肖像画と色紙「独立自尊」を飾っています。このため見学者から「福澤諭吉と友愛会は関係があるのか」、と質問されることがあります。しかし、両者の間に直接の関係はありません。友愛会の創立は1912(大正元)年で、福澤諭吉は1901(明治34)年に亡くなっています。
ではなぜ福澤諭吉は、友愛会ゆかりの人と位置付けられているのでしょうか。それは①友愛会(現連合)がユニテリアン教会・惟一館で、ユニテリアンの鈴木文治により創立されたこと、②そのユニテリアン教会の建設を支えたのが福澤諭吉だということ、③福澤諭吉の「独立自尊」が、ユニテリアン教会の「自己信頼」や友愛会の理念(自由、自主独立、人格の向上)と通底していること、などによります。
福澤諭吉は明治20年、米国ユニテリアン協会(キリスト教の一派)を招聘し、彼らが明治27年にユニテリアン教会(東京・芝、現友愛会館)を建設するのを支えました。もしもユニテリアン教会がなければ、後に鈴木文治が教会職員として働くこともなく、結果として友愛会を創立することもなかったと考えられます。
また、福澤諭吉の「独立自尊」は、鈴木文治に共有され、友愛会の理念「自由、自主独立、人格向上」に大きな影響を与えたと考えられます。友愛会が今日、友愛組合・人格向上主義労働組合と呼ばれるのは、「組合員、労働者の人格の向上」を労働組合の目的・役割としているからです。
繰り返しになりますが、福澤諭吉と友愛会に直接の関係はありません。しかし、友愛労働歴史館は、①福澤諭吉がユニテリアン教会を支え、友愛会誕生の切っ掛けを創ったこと、また②福澤の「独立自尊」が友愛会の理念に通底していること、により福澤諭吉を友愛会ゆかりの人と位置付けているのです。
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